なぜZ世代女子の間で編み物が人気なのか?〜K-POPから始まった「デジタルネイティブ」の静かな癒し〜

Z世代の若い女性が机にスマホを置き、毛糸とかぎ針で編み物に集中している様子
目次

Z世代はなぜ、スマホを置いて毛糸を手に取るのか?

最近、100円ショップの棚が妙に寂しいのをご存じでしょうか。
原因はトイレットペーパーでもマスクでもなく、毛糸です。

朝に入荷したはずのカラフルな毛糸が、夕方には跡形もなく消えている。
しかも買い物袋を手にしているのは、祖母世代ではなく、スマホを手放せないZ世代の女子たちなのです。

「ゲームもSNSもあるのに、なぜわざわざ毛糸を?」
昭和世代なら、つい首をかしげたくなるでしょう。

けれど彼女たちは、糸をかけ、針を動かす繰り返しのリズムの中に、無限に流れ続けるタイムラインでは決して得られない、静かな心地よさを見つけています。

デジタルの海で育った世代が、毛糸の森へと足を踏み入れる──。
この小さな異変の裏には、いったいどんな理由が隠れているのでしょうか。

猫耳ニット帽が火をつけた「令和の編み物ブーム」

ブームの火種は、2024年末から2025年初めにかけて、K-POPの世界から広がりました。

韓国のグループLE SSERAFIM(ル セラフィム)のメンバー、宮脇咲良(みやわき・さくら)がインスタグラムで披露した一枚──猫耳のニット帽をかぶった自撮りです。
しかもその帽子、自分で編んだものだとわかると、「私も作ってみたい!」という声がファンの間で一気に広がりました。

その後、SNSがブームをさらに加速させます。
TikTokでは初心者が小物を編む動画が次々にバズり、Instagramではカラフルな毛糸や可愛いニットがタイムラインを席巻。

かつて「おばあちゃんの趣味」と思われていた編み物は、猫耳ニット帽をきっかけに、Z世代のライフスタイルへすっと入り込んでいきました。

猫耳ニット帽をかぶった若い女性のイラストと、TikTok・Instagramの文字、毛糸玉が並ぶ構図
猫耳ニット帽をきっかけに、TikTokやInstagramを通じて編み物の魅力が若い世代に急速に広がりました。

デジタル世代を惹きつける、6つの理由

デジタルデトックスとしての「無心時間」

「気づいたら一日中スマホを見てしまっていた。編み物をしていると、頭がリセットされる感じがする。」

Z世代の多くが語るのは、情報の洪水から離れられる安心感です。
糸をかけ、針を運ぶ一定のリズムに没頭すれば、自然と画面から距離を置けて、心が静まる。
針を動かすたび、頭の中のざわめきが一目ずつほどけていくようです。

かぎ針編みをしている手元と、背景にぼかされたスマホ画面
情報の洪水から離れ、手仕事に没頭する時間がZ世代の心を癒しています。

メンタルケアとストレス軽減

「編んでいると、息が深くなるんです。」

編み物には、深呼吸に似た効果があります。
脳内で「ハッピーホルモン」と呼ばれるセロトニンの分泌を促し、不安やストレスをやわらげることが研究で示されています。
無心で編んでいると、心拍が落ち着き、思考がふっと軽くなる。
Z世代にとって、編み物は気軽にできる心の調律法になりつつあります。

タイパ・コスパの良さ

毛糸とかぎ針を100円ショップでそろえても数百円。
YouTubeの無料チュートリアルを見れば、小物なら一晩で完成します。

「短時間で達成感があるし、安上がりなのに可愛いものが作れる」
──効率を大事にするZ世代にとって、編み物はコスパもタイパもそろった趣味です。

自己表現とオリジナリティ

ファストファッションにはない色やデザインを、自分の手で生み出せるのも魅力です。
SNSでは「世界に一つだけのバッグ」や「推しカラーのニット帽」を披露する投稿が急増。
編み物は、自分らしさを伝えるための「もう一つの言語」になっています。

コミュニティの広がり

「編み物サークルで、初めて学校以外の友達ができた」

教室やオンラインイベント、ハンドメイドマーケットを通じて、同じ趣味を持つ仲間が自然につながります。
編み物は、孤独をやわらげると同時に、Z世代の新しい社交の場にもなっています。

編み物サークルで集まり、リサイクル糸を使って作品を編む若い女性たち
リサイクル糸や古いニットを活用しながら、仲間と共に編み物を楽しむZ世代の姿。

サステナビリティへの共感

「古いニットをほどいて、新しいバッグに作り直すのが楽しい」

大量消費とは対極の、「長く大切にできるものを作る」という価値観が、環境意識の高い世代に響いています。
再生糸やエコ素材を選ぶことも、編み物を楽しむうえでの大切な要素になっています。

趣味を超えた、編み物のちから

編み物は、もはや「暇つぶし」だけでは語れません。科学的な研究も、その効能を裏付けています。

針を動かし、目数を数え、段取りを考える──この一連の動作は、脳をやさしくストレッチするような効果をもたらします。
看護学生を対象とした実験では、わずか3回のセッションで中等度から重度の不安を抱えていた学生の割合が、43%から20%にまで減少しました。
針と毛糸が、心をそっとほぐすセラピストのように働いたのです。

編み物をする女性の頭上に、セロトニンや音符、ハートのシンボルが浮かび、編み物が心と脳を癒す効果を表現したイラスト。
編み物をしているときの脳内の変化。ハッピーホルモンのセロトニンが分泌され、リラックス効果がある。

さらに英国の研究によると、定期的に編み物をする高齢者は、アルツハイマー型認知症の発症リスクが最大35%低下するとの報告もあります。

そして、世界一幸福な国ランキングで常に上位にランクインする国、デンマーク。
居心地の良い時間を大切にする文化 ── ヒュッゲ ── の中で、編み物はカフェやリビングに溶け込み、心を落ち着かせる小さな習慣として、人々の幸福感を支えているとも言われます。

いま、その習慣が日本のZ世代にも広がりつつあります。
「疲れたら、毛糸を手に取る」── それが彼女たちの日常の中で、気持ちを整えるひとときになっているのです。

流行の先にあるもの ── 文化へ育つのか?

平成末期にも、手作り雑誌や服飾学生を中心に小さな編み物ブームがありましたが、当時は一部の層での短期的な盛り上がりにすぎませんでした。

今回は少し様相が異なります。
宮脇咲良の猫耳ニット帽をきっかけに、TikTokやInstagramを通じてZ世代の女子たちの間で広く浸透。
SNSの拡散力によって、一部の愛好家の趣味にとどまらず、日常の「生活の一部」として受け入れられています。

さらに、編み物は趣味を超え、ハンドメイド販売やブランド化といった副業の入り口としても広がっています。
デジタル疲れを癒し、自己表現や収入源にもなる──編み物はZ世代にとって、新しい日常の習慣へと変わりつつあるのです。これが次の時代の文化として根づくかどうかは、これからの時間が教えてくれるでしょう。

ただ、スマホを置き、針と毛糸に向き合うその姿を見ると、どこか安心させられます。
娘たちが手にしたこの小さな習慣が、これからどんな景色を描き出すのか──その行方を、温かい気持ちで、期待を込めて見守りたくなります。

参考文献・出典一覧

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この記事を書いた人

「世界はなぜでできている」編集長兼コンテンツライター。
日本の歴史・文化のナビゲーター。
翻訳・調査・Webマーケティング専門会社の経営者として25年以上にわたり、企業・官公庁向けにサービスを提供。
日本文化・歴史・社会制度への深い理解をもとに、読者が「なるほど」と思える知的体験をお届けします。

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