韓国料理の赤はどこから来たのか?
唐辛子がたっぷり入った真っ赤なキムチや鍋。
韓国料理といえば、あの鮮やかな赤を思い浮かべる人が多いでしょう。
辛さと共に、韓国料理を象徴する色でもあります。
けれど、この赤は昔から韓国料理にあったわけではありません。
では、韓国の食卓はいつから赤く染まったのか。
その答えを探るため、少し歴史をさかのぼってみたいと思います。
最初は赤くなかった
今でこそ、韓国料理といえば赤が定番ですが、それが定着したのは、実はここ数百年のことにすぎません。
それ以前の韓国料理には、そもそも「唐辛子」という食材が存在しなかった可能性が高いのです。
(韓国への唐辛子の伝来時期やルートには諸説ありますが、ここでは現時点で定説とされる説に基づいてお話しします。)
まずは調味料です。
李氏朝鮮時代(14世紀末~20世紀初頭)の文献を紐解くと、その様子がよくわかります。
15世紀中頃の『郷薬集成方(ヒャンヤク・チプソンバン)』や『医方類聚(ウィバン・ユチュ)』には「椒醬(チョジャン)」という言葉が出てきます。
コチュジャンの前身と思われますが、今のように唐辛子を主成分としたものではなかったようです。
現代のコチュジャンに近い製法の記録が登場するのは18世紀に入ってからです。
18世紀初め頃の『謏聞事說(ソムン・サソル)』には、淳昌(スンチャン)地方のコチュジャンのレシピが記されており、現在のものとほとんど変わりません。
漬物も同様です。
16世紀初頭の『需雲雑方(スウン・チャッパン)』には、塩漬けの白菜や大根を使った「沈白菜(チムペチュ)」の作り方が書かれていますが、唐辛子は登場しません。
当時の漬物は白く、塩や少量のにんにく、生姜、ネギで味を整える程度でした。
唐辛子が漬物に使われた記録として最も古いのは、18世紀中頃の『増補山林経済(ジューボ・サリム・ギョンジェ)』です。
この文献には、唐辛子を加えた漬物の記述が初めて登場しており、それが現在の赤いキムチの原型ともいえるものだと考えられています。

こうしてみると、唐辛子が韓国料理に本格的に定着したのは18世紀頃。
それ以前の韓国の食卓には、いま私たちが知るような、舌を刺す辛さや、情熱的な赤い色は影も形もなかったのです。
赤い旅人の故郷は南米大陸
もともと韓国には、唐辛子はありませんでした。
その故郷は地球のほぼ反対側、南米のペルーやボリビアの山岳地帯だといわれています。
南米の強い陽射しの下、ひっそりと育っていた唐辛子は、やがて大西洋を渡ります。
ヨーロッパにそれをもたらしたのは、あのクリストファー・コロンブスでした。
1492年、コロンブスは新大陸に到達し、その後、唐辛子をヨーロッパに持ち帰ります。
こうしてスペインやポルトガルを経て広まり、16世紀後半にはポルトガル商人の手で東アジアに渡りました。
唐辛子はその頃、日本にも伝わり、1592年から始まった「壬辰倭乱(じんしん わらん)」──日本でいう文禄・慶長の役の際、豊臣秀吉の朝鮮出兵で兵士たちが寒さ対策として持参したという説があります。
この戦を通じて朝鮮半島に伝わったというのが、いわゆる「壬辰倭乱説」であり、韓国への唐辛子伝来の定説とされています。

ほかにも中国大陸を経由する陸路伝来説や、唐辛子が古来から朝鮮半島に自生していたという説もありますが、それらを裏付ける決定的な証拠は見つかっていないようです。
また、伝わった当初の唐辛子は、毒草のように恐れられたり、庭先で観賞用に育てられたり、薬として用いられることが多かったのです。
唐辛子が人々の舌を刺激し、韓国料理の「赤」として定着するには、さらに時を要したのでした。
赤い旅人は、なぜ日本ではなく韓国に定住したのか?
南米の遠い山々を故郷とする赤い旅人は、ほぼ同じ時期に日本にも韓国にも伝わりました。
けれど奇妙なことに、この旅人は日本の食卓ではさほど居場所を得られなかったのに、韓国では堂々たる主役となり、食卓を真っ赤に染めたのです。

では、どうしてでしょうか?
そこには、韓国ならではのいくつかの理由がありました。
防腐・保存の知恵
韓国は日本よりも冬が厳しく、とくに内陸部では氷点下十数度に達することも珍しくありません。
こうした厳しい寒さを乗り切るため、食材を長持ちさせる工夫は欠かせませんでした。
唐辛子は、その解決策のひとつでした。
辛味成分カプサイシンには、雑菌の繁殖を抑え、食材の腐敗を防ぐ働きがあります。
さらに唐辛子を加えることで、漬物に含まれる乳酸菌の働きが安定し、風味が良くなるとも言われます。
塩だけよりも、唐辛子を使う方が保存性も味も良い。
それは、当時の人々にとって非常に大きな利点でした。
こうして唐辛子は、韓国の冬の食卓を支える心強い存在となったのです。
健康効果
唐辛子には体に嬉しい効能もあります。
カプサイシンは発汗を促し、血流を良くし、代謝を高めます。
寒い冬の日に辛いスープをすすれば、冷え切った体が芯から温まる。
その感覚を覚えれば、唐辛子なしでは冬を越せなくなる人も多かったのでしょう。
さらに唐辛子はビタミンCの宝庫です。
含有量はみかんの約2倍、りんごの50倍とも言われ、赤くて小さな薬箱のような存在です。
ただ、こうした効能は日本人にとっても同じはずです。
それなのに、韓国では唐辛子が「心の味」になるほど愛され、日本ではそこまで定着しなかったのは、健康だけでは説明しきれない別の理由があるのです。
社会的・心理的背景
韓国の国立民俗博物館の学芸研究員による2009年の論文解釈によれば、辛い味が韓国に広まったのは1950年代だといいます。
1950年は、3年にわたる朝鮮戦争が始まった年でした。
日本が戦後の復興を急ぐ一方、韓国では戦争とその苦しみが続いていました。
飢えや貧しさに苦しむ中、人々は辛い味を求めるようになったと言われています。
実際、辛いものを食べると脳内で分泌されるエンドルフィンが、痛みを和らげ、幸福感や高揚感をもたらすことが知られています。
「辛い味」は、韓国人が朝鮮戦争以降に経験した厳しい生存の歴史と深く結びついているのでしょう。
今日でも、韓国では「ストレスがたまったら激辛料理を食べに行こう」という感覚があります。
辛いものを食べることは韓国人にとって一種のセラピーであり、脳が燃えるような辛さが心を解き放つのです。

赤い旅人が韓国に定住したのは、単に舌を楽しませるためだけではなく、韓国人の心の奥深くにまで根を下ろしたからなのでしょう。
食卓の上の文化交流~韓国料理の赤が教えてくれること~
南米から遠い旅路を経て朝鮮半島にたどり着いた唐辛子は、単なる香辛料を超えた存在となりました。
防腐や健康効果といった実利だけでなく、韓国の人々にとって心の支えともなり、やがてその赤は「韓国らしさ」を象徴するまでになったのです。
日本でも韓国料理は大人気です。
キムチ、スンドゥブチゲ、ユッケジャン、カムジャタン、プデチゲ、キムチチゲ……。
次回これらを味わうとき、その鮮やかな赤の背後に隠された物語を、ほんの少し思い浮かべてみてください。
そうすることで、ふだんの食事がちょっとした文化交流へと変わるかもしれません。
参考文献・出典一覧
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