なぜ海外出張は、西回りより東回りの方が時差ボケがひどいのか?── そして、どうすれば時差ボケを和らげられるのか?

西回りと東回りの飛行で異なる時差ボケの影響を受けるビジネスパーソンの対比イラスト
目次

ヨーロッパよりも、アメリカ出張のほうがきつい気がする ── その理由は?

出張でたびたび海外に出かける人のあいだでは、
「ヨーロッパ行き(西回り)よりアメリカ行き(東回り)の方が、時差ボケがきつい気がする」
── そんな声をよく耳にします。

実はこの感覚、科学的に見ても理にかなっているのです。
私たちの体内時計には、移動の方向によって負荷が変わるという、興味深い性質があります。

この記事では、「なぜ東回りのほうがつらいのか?」という問いを出発点に、
その背景にあるメカニズムと、専門家やビジネスパーソンが実践する具体的な対策法を紹介していきます。

時差ボケの正体と、東回りがきつい科学的な理由

簡単に言えば「時差ボケ」とは、私たちの体内時計が認識する時間と現地時間とのズレによって生じる現象です。

腕時計であれば、現地時間に合わせてくるりと針を回すか、ボタンを押せばすぐに調整できます。
しかし、体の中の時計はそう簡単にはいきません。
これが、「頭では昼なのに、体は夜だと主張してくる」── あのもどかしさの正体です。

この体内時計は、正式にはサーカディアンリズム(概日リズム)と呼ばれますが、ひとつ特徴的なクセを持っています。
それは、周期がぴったり24時間ではなく、平均して約24.5時間
つまり、地球の1日よりも少しだけ長いということです。

地球の1日よりも少し長いこのリズムのせいで、私たちの体内時計は、いわば「夜更かし寄り」にできています。
そのため、時差調整の際も、体内時計のリズムを「遅らせる」方向には比較的順応しやすく、「早める」方向は苦手なのです。

人間の頭に体内時計を象徴する時計が描かれ、「24.5h」と記されたイラスト
人間の体内時計は、地球の1日よりも少し長い「約24.5時間」で動いている。そのズレこそが、時差ボケを引き起こす元なのです。

たとえば、日本からアメリカへ向かう東回りの旅では、日付変更線を越えることで、1日が短くなります。
このとき体内時計は、苦手な「早める」方向への調整を強いられます。
たとえるなら、アラームを3回スヌーズしてようやく起きる人に、「明日から2時間早起きで」と言うような話。
身体にしてみればいい迷惑です。

一方で、日本からヨーロッパ方面へ向かう西回りのフライトでは、逆に1日が長くなります。
この場合、体内時計は「遅らせる」方向への調整となり、いわば「朝寝坊OK、夜更かしOK」の指令が出ているような状態です。
体にとってはむしろ自然な流れであり、順応しやすくなります。
人間がつい夜更かしをしてしまうのも、体内時計が地球の自転よりも少しゆっくり進んでいる証拠なのかもしれません。

このような「東回りはつらく、西回りはまだマシ」という傾向は、実際に数理モデルのシミュレーションでも確認されています。

アメリカの研究者チームは、脳内にある体内時計の司令塔である視交叉上核(しこうさじょうかく)の働きを、物理学のモデルを用いて解析しました。
その結果、東回りでの時差が大きくなるにつれ、ある境界を越えると、体内時計の回復が極端に遅くなる状態が生じることが明らかになったのです。

この不安定な状態は、数理モデル上では「鞍点(あんてん)」と呼ばれます。
そして、この「鞍点」に陥りやすいのが、おおむね9時間以上の時差をともなう、東回りの長距離フライトです。
この状態になると、体内時計はまるで動く歩道を逆向きに進んでいるかのようになり、現地時間にうまく追いついてくれません。
これこそが、東回りの時差ボケがとりわけしんどいと感じられる根本的な理由なのです。

ちなみに、西回りのフライトでももちろん時差ボケは生じますが、この「鞍点」のような状態は確認されていません。

東回りフライトで時差ボケに苦しむ男性のイラスト。朝日に向かって飛ぶ飛行機と不機嫌そうな表情の男性が描かれている。
東回りの長距離フライトでは、体内時計が「鞍点」の状態になりやすく、時差ボケが深刻になりがちです。

東回り・西回り、それぞれの対処法 ── 体内時計との「交渉術」

さて、ここからは実践編です。
「地球のどっち回りで行くか」── この違いは、体にとって想像以上に大きな意味を持ちます。
旅先で会議中に舟をこぎ、観光初日に昼夜逆転…… そんな悲劇を避けるには、ちょっとした準備と知識が武器になります。

まずは、手強い「東回り」から。

東回り(日本→アメリカなど)の実践対策ガイド

このルートは、時間を早送りするような旅です。
たとえば、東京を正午に出発し12時間のフライトを経てニューヨークへ到着すると、あなたの体内時計は「深夜」と認識しているのに、現地はすでに「正午」で活動的な時間です。

体内時計を現地時間の正午に「早送り」するには、次のような対策が役立ちます。

出発前(2〜3日前から)

  • 出発前から、少しずつ朝型のリズムに調整しておく
    東回りの長距離フライトでは、出発の数日前から就寝・起床時間を毎日1時間くらいずつ早めていくと、現地時間への適応がスムーズになります。
    早寝早起きを数日かけて習慣化し、体を「朝モード」に慣らしておくと、現地での順応が楽になります。

  • 朝の光を味方に、夜の光を控える
    私たちの体内時計は、光の刺激によってリズムを調整しています。
    朝はしっかり太陽の光を浴びることで、体に「朝が来た」と知らせることができます。
    反対に夜は、スマートフォンや照明の強い光を避け、間接照明やブルーライトカットを活用することで、体に「もう夜だ」ということを分からせるようにしましょう。

  • 前日はしっかり眠って出発を迎える
    「機内で眠れるように」と前の晩に睡眠時間を短くする方もいますが、これはおすすめできません。
    体調を崩したり、免疫力が落ちたりして、むしろ時差ボケを悪化させてしまう可能性もあります。
    出発前夜は十分な睡眠を取り、心身を整えておくのが得策です。

フライト中

  • 時計を「現地時間」に変更し、現地時間に合わせて睡眠・食事を取る
    機内に入ったら、腕時計やスマートフォンの表示を目的地の現地時間に切り替えましょう。
    その上で、食事や睡眠を現地時間に合わせて取ることで、到着後の「時差ギャップ」を軽減できます。

    たとえば、昼にニューヨークへ到着する便なら、搭乗直後の現地時間は夜です。
    それで、できるだけ早いタイミングで睡眠をとり、フライトの後半は起きて過ごすようにすると、現地時間とのリズムが合いやすくなります。
    もっとも搭乗直後の日本は昼ですから、すぐに眠りにつくのは通常は至難の業ですが、前述のとおり数日前から早起きを心がけておけば、眠りにつく助けにはなるはずです。

  • 光・音・姿勢を整えて、機内に「夜」をつくる
    限られた空間でも深く休むためには、睡眠環境の工夫が欠かせません。
    アイマスクで光を遮り、耳栓で周囲の雑音をブロックし、ネックピローで姿勢を安定させれば、機内でも「夜に眠っている」ような感覚をつくることができます。
    短時間でも、深い休息につながります。

  • 飲み物選びは慎重に ── カフェインとアルコールは控えめに
    コーヒーやお酒はリラックスしたいときに手が伸びがちですが、どちらも睡眠にはあまり向きません。
    カフェインは覚醒を促し、アルコールは脱水を招きやすいため、時差ボケ対策としては逆効果になることも。
    水分補給は「常温の水」を基本に、こまめにとるのがおすすめです。

西回り(日本→中東・ヨーロッパなど)の実践対策ガイド

このルートは、時間を少し巻き戻すような旅です。
たとえば、東京を正午に出発し12時間のフライトを経てドイツのフランクフルトに到着すると、あなたの体内時計は「深夜」と認識しているのに、現地はまだ「夕方」なので、活動できる時間が残っています。

この調整を効果的に行うには、次のような対策が役立ちます。

出発前(2〜3日前から)

  • 夜更かしをあえて実行し、就寝・起床時間を後ろへずらす
    出発の2〜3日前から、毎日1時間ほどずつ眠る時間と起きる時間を遅らせていくことで、体内のリズムを「夜型」に調整できます。
    これにより、現地到着後の夜に自然と眠気を感じやすくなり、スムーズに現地時間へ移行しやすくなります。

  • 夕方以降は積極的に光を浴び、朝の光は控えめに
    体内時計の調整において、「光」は非常に強力なスイッチです。
    夜間、スマホやパソコンの画面から出る光も、リズムを遅らせる助けになります。
    一方、朝の光はリズムを前倒しにする作用があるため、西回りのフライトでは朝の強い光はなるべく避け、夕方以降に光の刺激を身体に与えるのが効果的です。

  • 出発前日はしっかりと睡眠を確保しておく
    出発前夜にあえて睡眠を削るのは逆効果です。
    フライト中に体調を崩さないためにも、前日はしっかりと睡眠を取り、身体を整えておきましょう。

フライト中

  • 時計を「現地時間」に変更し、現地時間に合わせて睡眠・食事を取る
    東回りと同じように、機内に入ったら、腕時計やスマートフォンの表示を目的地の現地時間に切り替えましょう。
    その上で、現地時間に合わせて食事や睡眠を取ることで、到着後の「時差ギャップ」を軽減できます。

    たとえば、ヨーロッパの都市に夕方~夜に到着する便の場合、フライトの後半に寝てしまうと現地で眠れなくなることも。
    やはり前半で軽く仮眠をとり、後半は起きて過ごすと、着いた後の就寝リズムが整いやすくなります。

  • 機内でも睡眠環境づくりがカギに
    限られた空間でも快適に休息を取るためには、睡眠環境を整える工夫が必要です。
    アイマスクや耳栓、ネックピローなどのグッズを使って、光や音を遮断し、リラックスできる空間をつくりましょう。

  • 飲み物の選択にも注意を ── 水分補給は「常温の水」を基本に
    アルコールは脱水を招きやすく、カフェインは覚醒を促すため、どちらも睡眠の妨げになりかねません。
    気分をほぐすつもりで飲んだはずが、かえって逆効果ということも。
    水分は「常温の水」を基本に、こまめに補給するようにしましょう。

体内時計はちょっと手のかかる同居人 ── 放っておくとゴネるけど、扱い方はある

私たちの体内時計は、少し手のかかる同居人です。
一日を24時間より少し長く感じているせいで、「もうちょっと寝てていいよ」と言われる西回りの旅には、わりと素直に従ってくれます。

ところが東回りでは、「さあ、早起きして!」と急かされることに。
すると体は反発し、「まだ寝てたい」とゴネるのです。

笑顔で「もうちょっと寝てていいよ」と話す青背景の時計と、困り顔で「早起きして!」と言うオレンジ背景の時計のイラスト
私たちの体内時計は、少し夜型。だから西回りの旅は「もう少し寝てていいよ」ににっこり、東回りの旅は「早起きして!」にしかめっ面で抵抗します。

けれど、これは嘆くべき欠点ではありません。
人間の体内時計には、そうしたクセがある ── それを知ってさえいれば、対策は可能です。

出発前から眠る時間を少しずつ調整し、機内ではタイミングを見計らって眠る。
そして、到着後は朝の太陽を味方につける。

科学と経験に基づく知恵を活かせば、東回りのフライトも西回りの旅も、時差ボケに大きく悩まされることなく、穏やかな朝を迎えられるはずです。

参考文献・出典一覧

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この記事を書いた人

「世界はなぜでできている」編集長兼コンテンツライター。
日本の歴史・文化のナビゲーター。
翻訳・調査・Webマーケティング専門会社の経営者として25年以上にわたり、企業・官公庁向けにサービスを提供。
日本文化・歴史・社会制度への深い理解をもとに、読者が「なるほど」と思える知的体験をお届けします。

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