鳥でもないのに「一羽、二羽」── ウサギの数え方の不思議
「ウサギは一羽、二羽と数えるんだよ。」
そんな話を初めて聞いたとき、不思議に思った方も多いのではないでしょうか。
ウサギには羽も翼もありません。
鳥でもないのに、なぜ「羽」という単位を使うのでしょうか。
言葉の背後には、「鳥だから羽」「哺乳類だから匹」という線引きだけでは説明しきれない、歴史や文化の事情が潜んでいます。
ウサギを「羽」で数える理由にも、意外な物語が影響しているようです。
今回は、その謎をひも解いていきます。
ウサギの数え方は一つじゃない
日本語は、いくつもの「正解」を許す、懐の深い言葉です。
自分の国の名前でさえ、「にっぽん」と「にほん」のどちらも正しいというくらいです。
「なぜ『日本』は『にっぽん』と『にほん』のどちらも正しいのか? 政府も統一していない国名の不思議」という記事でも、そんな日本語の面白さを紹介しています。
そして、ウサギの数え方にもまた、いくつもの「正解」があるのです。
羽
ウサギを「羽」と数える理由は、まるで和菓子の詰め合わせのように多彩です。
まずは宗教説。
江戸時代、仏教の教えや生類憐れみの令の影響で、四つ足の肉を食べることは御法度でした。
そこで誰かが「これは鳥でございます」と言い張り、ウサギを鳥扱いにして食卓へ運んだといいます。
どうやら教えも、空腹には勝てなかったようです。

外見説もあります。
長い耳や跳ねる姿が、羽ばたく鳥を思わせるというのです。
自分が「飛べない鳥」に例えられるとは、ウサギも思いもしなかったでしょう。
続いては骨格や肉質説。
ウサギの脚には瞬発力を生む白筋が多く、これは鳥の胸肉(ささみ)と同じだとか。
とはいえ、酒の席で解剖学を語り出せば、場がシラケるのは目に見えています。
さらに言葉遊び説もあります。
「う(鵜)」と「さぎ(鷺)」という鳥の名前を合わせると「ウサギ」になるから、というもの。
こんなこじつけも、日本語の世界では立派な愛嬌と言えるでしょう。

最後に捕獲方法説です。
ウサギは鳥と同じく網で捕らえることがあり、それで同じ単位で数えられるようになったとも言われます。
「同じ道具で捕まえたら同じ仲間」という理屈は、何とも乱暴ですが、それもまた日本語らしいところです。
どの説も決定打とは言えませんが、宗教的事情が最も有力とされています。
いずれにしても、こうした正論やら屁理屈やらが、日本語の多様性を支えているわけです。
匹
「匹」は動物の数え方としては王道です。
平安時代から使われ、明治以降も息長く残っています。
辞書や新聞の用語集でも、人間より小さな動物は「匹」で数えるのが基本だとされており、現代ではこちらが主流です。
「羽」の意外性には及びませんが、間違いがなく無難な数え方と言えるでしょう。
頭
ウサギを「頭(とう)」で数えることもあります。
もとは牛や馬など、大型動物を数える単位でしたが、欧米の「head」がペット業界に広まり、ウサギにも使われるようになりました。
「三羽のウサギ」と言えば昔話が始まりそうですが、「三頭のウサギ」とすると、途端に畜産レポートのような響きになるのがおもしろいところです。
耳
ウサギを「耳(みみ)」で数えるという、なんとも奇妙な例もあります。
明治時代の文献には「片耳」や「両耳」という表記が見られます。
とはいえ、「片耳」で1匹なのでしょうか。それとも「両耳」で1匹なのでしょうか。
このあたりは今ひとつ判然としません。
実用性はほとんどありませんが、ちょっとした知的な小話にはなりそうです。

「羽」と「匹」── 現在の使い分け
ウサギは「羽」とも「匹」とも数えられます。
毎日新聞用語集でもウサギの数え方として「匹、羽」の両方が挙げられ、新明解国語辞典にも「一羽・一匹」と並んで記されています。
もっとも、「羽」は明治期に登場した比較的新しい数え方で、「匹」のほうが平安時代から使われてきた由緒ある表現です。

それでも、現代の感覚でおすすめするなら「匹」でしょう。
「羽」には確かに歴史や文化の面白さがありますが、今では少し特殊に響き、場面によっては説明が必要になることもあります。
その点「匹」は誤解が少なく、辞書やメディアでも広く認められている、いわば無難で万能な選択肢です。
とはいえ、ウサギに羽が生えた物語を知ってしまうと、つい「羽」と呼びたくなるのも人情ですが。
羽ばたけないウサギと、羽ばたく言葉
なぜウサギは、鳥でもないのに「羽」で数えるのでしょうか。
この問いをたどっていくと、そこには先人たちの遊び心や、柔らかな感性が見えてきます。
江戸時代の宗教的な事情、耳の形や跳ねる姿の印象、言葉遊びの洒落心──。
人々は、そんなさまざまな物語を言葉に託してきました。
とはいえ、正解は一つではありません。
「羽」も「匹」も「頭」も「耳」も、それぞれが正解なのです。
こうした揺らぎや多様性を受け入れる寛容さこそ、日本語を羽ばたかせる力なのでしょう。
では、あなたならウサギをどう数えますか。
「羽」ですか?「匹」ですか?それとも──?
参考文献・出典一覧
- 毎日ことばplus編集部「ウサギの数え方は「匹」も「羽」も」毎日ことばplus、2023年2月2日(2025年7月16日閲覧)
- 国立国会図書館レファレンス協働データベース「ウサギを一羽、二羽と数えるのはなぜか。」国立国会図書館、2013年10月18日更新(2025年7月16日閲覧)
- 亀田メディカルセンター「なぜウサギを一羽、二羽と数えるか」亀田メディカルセンター、2018年1月29日(2025年7月16日閲覧)
- JapanKnowledge「ウサギは鳥の一種?名前と数え方の由来の謎」JapanKnowledge(2025年7月16日閲覧)
- うさぎとの暮らし大百科編集部「うさぎはどうやって数える?「羽」?「匹」?「頭」?うさぎの数え方について」うさぎとの暮らし大百科、2022年7月13日(2025年7月16日閲覧)